小澤 ニューヨーク

文化の違いから考える
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国という観念を無くしてみた。  そのー4.

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 個人的な経験からです。 それは渡米2年目に未熟な英語でもある女性と気持ちが通じ有った事からです。

 当時はこんな事ってあるのか?と目を見張る思いがありました。でも同時に心で通じ会える事に確信は浮かんだのです。

 そしてしばらくして彼女と親御さんが訪日までされて私の両親とも会合した事も大きな影響を齎しました。

 

 私は「この国でも生きて行ける」「何処の国の人間とでも通じ会える」事は当たり前と考え始めたのです。

 其の後も多くの人と通じ会ってきました。

 私が外国とも言われるこの土地で生きている理由です。

 

追: 灘中一年生の時にある神父さんから言われた事をいつも思い出します。

英語とはダダの言葉というVEHICLE(運搬用具)でしかない」。伝える内容を載せて運んでもらう用具と。 

 相手に着いて載せた物を受けとって貰えればよいのです。「英語という言葉自身に意味はありません。ただの言葉と言う用具で伝えたい事をしたためる為に存在する道具なのです」、と。

 

  

 

 

 

 

 

  

| ozawany | 考え直そう、常識を | 08:55 | comments(0) | - |
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