小澤 ニューヨーク

文化の違いから考える
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発言を撤回するという事で収まる事自体が問題。

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 「発言を撤回する」という事を聞き始めたのは90年代から。「可笑しいのじゃないか?」と感じながらも撤回すれば治まるのでしょう、としか考えませんでした。

 

 でも、あまりにも頻繁に起こる事なので考え直せざるのではと思いました。その発展は今回の労働局長、勝田、が撤回した事からです。

1.発言を撤回してそれが通るのならなんでも言える事ではないでしょうか?間違っても後で撤回出来ると言う事は?

2.学校の先生が間違った事を生徒に教えて、あとで間違っていたから撤回しても良いのでしょうか?

3.では政府という日本を担っている機関の人が間違った発言をしていても撤回出出来る。撤回すれば良いなんて事は、いったいどういう事でしょう。

 

結論です。

いい加減。 無責任。 人を導く政治家や官僚のする事であるのは根本的に間違いです。

絶対する事がないと人から信じられているの上に立つ人達です。

その人達がこんな状態でも許している国民にも問題があるでしょう。 

トップの官僚、政治家、大企業、学校の先生、弁護士、その他の多くの人から尊敬、敬愛されるべきである人達の腐敗ですね。

 

先が案じられるどころじゃなく、現在が案じられる、いえ現在が狂っているのです。 そんな日本全体にきづきませんか?

| ozawany | 思ってもいなかった事 | 10:17 | comments(0) | - |
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