小澤 ニューヨーク

文化の違いから考える
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付録、つづきです。
日本にいる場合はどうしましょう?

では、外国じゃない場合、つまり日本では? 簡単です、個人教授、英語放送、英語の歌、と色々考えて見ましょう。 一番簡単なのは、英語の歌を教える事でしょう。 英語圏の親たちが教えてる童謡とか、つまり幼児用の歌ですね。  とにかく、子供に英語の歌という音を聴かすことによって聴覚が発達するのです。

日本の何処かで、幼稚園児に英語の歌で踊らせたりする事が、すでにはやってるそうです。 ダンスの流行から、ダンスを教えてるうちに英語の歌を聞いてダンスをしてるのであって、いつのまにか子供が英語の歌を口ずさむようになってしまったのです。 親は気が付きました。 うちの子が英語の歌を口ずさんでる、、、、、と。   、、、やあ、すごい、喋ってるのと同じだ、、、と言う風になって、もっとダンスやって、ついでに英語もおぼえるなら、そうしよう、、、 。 と言う事になったのでしょう。 

私達のように既成観念に捕らわれて、英語は勉強するものだとか思うのじゃ無く、そんな風には思いもしない人達が学校教育に特に興味が無く、格好良いからと思って、ダンスを子供に習わせてやってるうちに気がついた事なのです。 下町であればあるほど人達は既成観念にとらわれずに、なににも囚われる事なく、単純に本当の事、つまり自然の発育と言うか、自然に起こった現象に気がついたのでしょう。
 

ここで注意が必要なのは、幼児に教える英語は私達の経験してきた中学でのコチコチの初めての英語教育のような物じゃないという事です。 つまり、言葉は教えなくても子供は吸収してしまうと言う事です。。 こういうかたちであるほうが子供が自然に、又知らないうちに習ってしまうのです。 言葉はなじませて、習得、会得させる物で、押し付けたり、習わなきゃ成らないと義務づける物じゃないと思いませんか。 まず習得、聞きながら知ると言う事が子供には必要で、正しい方法なのです。

英語、、、、又どんな国の言葉でも教育じゃないのです。 ただの言葉に過ぎないのです。 日本語と同じです。 

とにかく、聞かせる、なじませる、声に出して言わせるという事でしょう。 幼児は日本語と英語の区別はせず、ただの言葉として習得するのですから、英語も言葉としてしか聞こえず日本語と区別しません。 誰もが日本語を知らず知らずのうちに習得するように、何語でも幼児は習得できますから、気がつかない内に習得してしまうのです。 後から、序じょに英語と日本語の区別は自分からするようになります。

地方出身の人が、田舎弁と標準語を立派に区別して喋れるように、誰にでも、全く違う発音や言葉を同時に習得出来る事に気がつきましょう。 田舎言葉をそだちながら習得し、そして自覚を持ち始めて、標準語も会得してる人達があたりまえの様に出来てます。 もう、訛りで悩む人達は見かけません。 まったく違った発音の標準語であっても、外国語であっても子供は簡単に習得できるのです。 早いうちで、自然な環境として触れさせれば、、、、、、。
 
追: 中国では、既に幼稚園児に英語を教え始めました。 誰にでもじゃ無いのですが、政府が英才教育の一環として、少数の子供達に教えてます。 どこかの、カチカチ頭が小学校4年生から何とかいうのとちがって、ずっと語学習得と言う事の理屈を把握していて、実質の結果を挙げてるのです。 ナチュラルに育つバイリンガルと言うものがどれだけ簡単で可能であって、また利益の多い物か分かっているのです。 

追の追: 以上の事なんて本当はちょっと考えれば、分かる筈じゃないでしょうか? ヨーロッパではずっとそんな事はあたりまえなのですから。 明治維新以来、西洋から学んできた日本が、 どうして単純に考えて本質を理解する事の大事さを忘れてしまったのでしょう。 

追の追のついで。 だから、 お笑いが「欧米か?、欧米化」とかいって、わらっているし、俺達「政府の言ってる事なんて、親の言ってることなんて、そんなの関係ねいよ」といってる様に聞こえます。 若い人達はなんとなく気がついているのではないでしょうか? 日本の教育は規則ばかり重んじて、実がないと。
| ozawany | 英語 | 14:24 | comments(0) | - |
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