小澤 ニューヨーク

文化の違いから考える
自殺した電通女子から考えて観てみました。 そのー2.

JUGEMテーマ:学問・学校

 東大卒。 頭の良い人達の集まりの最高峰の教育機関で教育を受けた。。

 

1.頭の良い人がより強くなる教育を受けているのと考えられる筈。

疑問: 最高レベルの教育があれば何でもこなせるはず。

 

2.最高峰の大学はそれだけの知識や能力を育成する。

疑問: なせ、生きる能力に欠けていた。

 

3.母子家庭。

疑問: 子供は親より早くしんではいけません。 まして親が一人なら絶対に親孝行をかんがえるべきでしょう。 この女子はなぜ親不孝に気づかなかったのでしょう。

| ozawany | 考え直そう、常識を | 11:36 | comments(0) | - |
自殺した電通女子を考えて観ました。 そのー1.

JUGEMテーマ:学問・学校

 

 電通女子の自殺は悲しい出来事です。 で、少し疑問というか観点を変えて見ました。 疑問です。

 

1.たった24歳の女性。 悲惨な出来事と考えられそれが普通の人達のおもいでしょう。 解かります。でも、、、

疑問: なぜ退社しなかったか? 仕事はやめられる筈。 やめられないと思わせられていたのなら、これはもうやくざと同じ。

 

2.電通という会社がした事でしょう。 で社長が謝罪。

疑問: なぜ社長? 社長は彼女と直接の接点は無かった筈。 一方直接の上司や同僚などからのコメントはなぜない?

 

3.母親が訴えたから表沙汰になった。

疑問: 母親に十分な見舞金とか十分な説明があったのなら、彼女は訴えていなかった筈。母親は納得できなかったのでしょう

 

 

 

| ozawany | 考え直そう、常識を | 09:10 | comments(0) | - |
フリーペーパーとは? その6。

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 フリーペーパーの情報は役に立ちます

 

 で記事やコラムの内容も信用出来ると感じますね。活字から。情報とも思われるでしょう。。

 でも、イベント、行事、英語のニュースの訳などとは違った記事と言う物やコラムなども掲載されています。

 そんな記事についてです。

 

 宣伝広告の無料のペーパーです。 新聞とは言えない物です。

 ではそんな物を出版している方々が書く記事やコラムの内容はどれほどの物でしょう?

 新聞記者ではないのですから、さてどれほどのレベルの書き物でしょうか?

 ご一考を。

 

| ozawany | 考え直そう、常識を | 08:18 | comments(0) | - |
フリー・ペーパーとは。 その5。

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 フリーペーパーに載って居る記事は広告主を配慮しての物でもある事が分りました。広告主が支払っての物まであるそうです。 

 ある出版者が曰くです。広告料を払っている人の記事であり、広告を載せてくれる人の物でもあるとの事でした。

 

 では広告主の記事をも載せてるフリーペーパーにはその他の記事も多くあります。 では出版者の意向はどんなものなのでしょうかを考えて見ました。

 

1.書き物を読んで貰いたい。自己主張を認めてほしい。 筆者の願いでもありますね。

2.記事によって読者が増えれば(発行数が増えれば)広告効果が増えるし広告主も増える。ともに会社の収入になり増える。

3.情報を知らせるて日本人に喜ばれる。 日本人の為になる。

 

 情報とは信じられるのでしょうか? ネットに情報が多すぎて信じられないなどという議論はもう昔からされています。

 情報とは情報でしかありません。人が書いたもので真実とは違うかもしれない事が分って来たのです。

 では、日本人に行き渡っている情報紙?は情報にどれほどの信憑性があるのでしょう?

 記者?というか書いている人たちに言及してみるのは次回。

 

 

 

| ozawany | 考え直そう、常識を | 10:39 | comments(0) | - |
フリー・ペーパーとは。 その4。

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 フリー・ペーパーの経営広告料で成り立っている事が理解できましたか? 購買料がないフリーなのですから。

 すると当然広告主に便宜をはかるという事実があります。

 

 以上を念頭に置いて紹介される人物や会社が選ばれている理由を出版者にも問い合わせました。

 するとコラムや紹介なども記事にもお金を払っている人がいるとの事が判明。 つまり、記事が記事でなく宣伝が記事でしかなかったという事でした。

 

追。日本人役立ってほしいとも考えての色々な記事を掲載。ありがたい事でもあるのです。

  日本人には便利で情報がたやすく得られ安心して読める。 便利、重宝。 フリーペーパー万歳? なんて。 でも、、、。

 

追の追。 出版社の本音は宣伝。そう理解して置く事から始めてください。  

 

 

 

| ozawany | 考え直そう、常識を | 10:04 | comments(0) | - |
フリー・ペーパーとは。 その3。

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 無料ならこれらの出版社の経営はどうやってこなしている

 利益があって経営が出来ます。 慈善事業ではないからです

 つまり、営利を求めて営利があっての出版が出来ている。

 

 ではどこから利益を得てるでしょう?

 それは宣伝です宣伝しかありません。 つまり宣伝ペーパーなのです。

 

 追。日本語での書き物ですから日本人の為という主義や主張が通るとも思ってしまうのが普通でしょう。

  でもそれは出版者の第一の目的? お人よしや慈善家? 人は凌ぎを稼いでいるだけですのでは?

| ozawany | 考え直そう、常識を | 09:32 | comments(0) | - |
フリー・ペーパーとは。  その2。

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 フリーとは無料です。 

 ペーパーとは新聞を意味しています。

 するとフリー・ペーパーとは無料新聞となります。

 

 新聞が無料とは思いがけない事ではないでしょうか?

 なぜなら、どの国のどの新聞もただではないでしょう?

 では、カタカナ日本語のフリーペーパーとは一体どんな存在? 

 考えて下さい。次回。

 

| ozawany | 考え直そう、常識を | 09:27 | comments(0) | - |
フリー・ペーパーとは。  その1.

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 フリーペーパーというものが氾濫し始めてしばらくなります。

 情報が多いので便利です。

 しかし、この出版物はペーパー(新聞?)でしょうか?

 私にはそうとは思えません。新聞とは思えません。 事実を次回に。

  

| ozawany | 考え直そう、常識を | 09:15 | comments(0) | - |
思春期は問題が多いのじゃなく良い機会。 子供は凄い速さで学んでくれるのでしょう。

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 息子が思春期を迎えてしばらくなります。

12歳ごろからちょっとづつ気難しくなると言うか、親が構う事に反発するような態度が出ました。

 

 その時、私は息子が私の関与の必要が無くなったと考えたのです。一般とはちがうかもしれません。

 私は息子の感性が研ぎ澄まされている。必死な思いでであるのに自分自信は感知していない、と考えました。

 つまり息子の内面に映り出されたり、浮き上がる観念などを息子は必死に消化しようとしていて必死なのではと思ったのです。

 私は息子には神から与えられた能力が有る筈。 誰もが経験する当たり前の時期。 すると自分で乗り越えて行く筈と考えました。 同時に私には重荷が軽減しまひた。 

 親にとっては難しい事態だと考える事は間違っているのではないかと考えました。

 最初から息子が思春期になれば彼に任せておけばよい、と信じて居なかった自分に後悔、反省しました。

 思春期は自分にもあったのですし、その時に事をかんがえれば息子はただ見つめているだけで成長してくれる筈となぜ考えないのかと気づいたのです。自分が親に求めていた事でした。

 

 感じやすいと言う事はそれだけ感知し学べる事です。

 息子は思春期で一生懸命ものすごいスピードで学んでいる、家庭のみでなく周りの世界に気づき、その刺激をうけながら一生懸命に戦っているのです。思春期です。息子は神から授かった命とともにそれだけの能力がある。親が教える事をしなくても自然から、周りから自然に感知して学ぶ事が出来るのが思春期ではないでしょうか? 子供が親の教えをを十分にまなんで、やっと自然という世間というか大人の世界の現実に気づく時期でしょう。 それにはもう親を必要としない時点なのです。

息子は親ばかで自分も同じ時期を過ごした事をおもいだせば、もう息子は親が構わなくても成長すると理解するべきでしょう。

子供が成長するのは親がいるからのみではないのです。 親は残念ながらもういなくても子供は自分で育つ時期が来たのですね。。

 

 

 思春期の子供の扱いは難しいと私は思っていました。

 でもそれは間違った既成観念、世間の言う事かもしれません。 

 私は思春期の子供は反って簡単で頼もしいと思えたのです。やっと親の責任が終わり、あとはこの子の能力で伸びる時点が来たと思いました。 親離れのはじまりではないでしょうか。 自分で学びはじめたので、やがて親とおなじぐらいにはなってくれると。

 

で、再確認というかまちがっていたのではないかという既成観念にかんしてです。

 

 もしかして、難しいのは親のほうではないかと考えるべきでは?

 もしかして、親がついて行けないので問題とかんじているのでは? 

 もしかして、敏感なのは自然では? 成長期の当たり前の事。 自然が子供に求めている量が多い。で子供は親にまでは対応できないのでは?

 もしかして、親には分からなせい知性が発達しているのでは? 

 

 以上が確かなら、子供は放置しておけば一番良いですね。 息子は自分で学ぶときが来たのです。親はもう構わないのが一番かも? 

 私は息子が私の子供であるので私が私自身を信じるように、息子を信じる事に決断したのは彼が4歳前後の頃ででした。 

 改めて今度気がかりになった自分を顧みて、心配なのは自分自身で有る事、親ばかというか自分の未熟さと改めて感じました。

 

 私は私の息子の全てに満足する事にずっと昔から決めたのです。ですから信じます。彼を。

 

| ozawany | 考え直そう、常識を | 10:07 | comments(0) | - |
足病医学博士とはどんな医者?

JUGEMテーマ:学問・学校

 

 この国には足病学と言う分野が存在します。 でも日本には有りませんし認められてもいません

 この国にあるPodaiatry school (足病学学校)で足病学を学んだ人はドクターの肩書を貰います。 ドクターである事はドクターであるのでそうです。

 

 でもドクターという言葉、肩書は英語です。そこで足病学ドクターの定義を検索しました。

 Doctor of Podiatric medicine, physician(内科) or suregeon(外科)とあります。

 でも日本政府が認めていない肩書なので日本語での名乗りは正しいのでしょうか? 英語を勝手に日本語に訳した物はただしいのでしょうか? 辞書によると訳は「足病学医師、足病学外科医」とあります。

 

 ここで疑問です。 日本で又日本語では認められていない肩書が日本語で書いても正しいでしょうか? 

 日本では認められていないし日本語の肩書など定義も存在もしない足病学の肩書です。 この国でドクターという英語の肩書があるからといって医師とか博士と日本語で名乗る事は正しいのでしょうか? 

 

 出来ても出来ない事であっても、問題は足病学のドクター医師とか博士と名乗ると日本人一般に誤解を招きかねない事です。

 足病学のドクターは所謂日本の医師でも博士でも無い事が理解できますね。 

 

追。医学校には足病科はありません。 足病学は医学校の一部じゃないのです。足病学は医学校に併設されてもいません。

医学校からは全くはなれた位置に存在する学校です。。

 

 

 

| ozawany | 考え直そう、常識を | 10:21 | comments(0) | - |
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>

このページの先頭へ