小澤 ニューヨーク

文化の違いから考える
思春期は問題が多いのじゃなく良い機会。 子供は凄い速さで学んでくれるのでしょう。

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 息子が思春期を迎えてしばらくなります。

12歳ごろからちょっとづつ気難しくなると言うか、親が構う事に反発するような態度が出ました。

 

 その時、私は息子が私の関与の必要が無くなったと考えたのです。一般とはちがうかもしれません。

 私は息子の感性が研ぎ澄まされている。必死な思いでであるのに自分自信は感知していない、と考えました。

 つまり息子の内面に映り出されたり、浮き上がる観念などを息子は必死に消化しようとしていて必死なのではと思ったのです。

 私は息子には神から与えられた能力が有る筈。 誰もが経験する当たり前の時期。 すると自分で乗り越えて行く筈と考えました。 同時に私には重荷が軽減しまひた。 

 親にとっては難しい事態だと考える事は間違っているのではないかと考えました。

 最初から息子が思春期になれば彼に任せておけばよい、と信じて居なかった自分に後悔、反省しました。

 思春期は自分にもあったのですし、その時に事をかんがえれば息子はただ見つめているだけで成長してくれる筈となぜ考えないのかと気づいたのです。自分が親に求めていた事でした。

 

 感じやすいと言う事はそれだけ感知し学べる事です。

 息子は思春期で一生懸命ものすごいスピードで学んでいる、家庭のみでなく周りの世界に気づき、その刺激をうけながら一生懸命に戦っているのです。思春期です。息子は神から授かった命とともにそれだけの能力がある。親が教える事をしなくても自然から、周りから自然に感知して学ぶ事が出来るのが思春期ではないでしょうか? 子供が親の教えをを十分にまなんで、やっと自然という世間というか大人の世界の現実に気づく時期でしょう。 それにはもう親を必要としない時点なのです。

息子は親ばかで自分も同じ時期を過ごした事をおもいだせば、もう息子は親が構わなくても成長すると理解するべきでしょう。

子供が成長するのは親がいるからのみではないのです。 親は残念ながらもういなくても子供は自分で育つ時期が来たのですね。。

 

 

 思春期の子供の扱いは難しいと私は思っていました。

 でもそれは間違った既成観念、世間の言う事かもしれません。 

 私は思春期の子供は反って簡単で頼もしいと思えたのです。やっと親の責任が終わり、あとはこの子の能力で伸びる時点が来たと思いました。 親離れのはじまりではないでしょうか。 自分で学びはじめたので、やがて親とおなじぐらいにはなってくれると。

 

で、再確認というかまちがっていたのではないかという既成観念にかんしてです。

 

 もしかして、難しいのは親のほうではないかと考えるべきでは?

 もしかして、親がついて行けないので問題とかんじているのでは? 

 もしかして、敏感なのは自然では? 成長期の当たり前の事。 自然が子供に求めている量が多い。で子供は親にまでは対応できないのでは?

 もしかして、親には分からなせい知性が発達しているのでは? 

 

 以上が確かなら、子供は放置しておけば一番良いですね。 息子は自分で学ぶときが来たのです。親はもう構わないのが一番かも? 

 私は息子が私の子供であるので私が私自身を信じるように、息子を信じる事に決断したのは彼が4歳前後の頃ででした。 

 改めて今度気がかりになった自分を顧みて、心配なのは自分自身で有る事、親ばかというか自分の未熟さと改めて感じました。

 

 私は私の息子の全てに満足する事にずっと昔から決めたのです。ですから信じます。彼を。

 

| ozawany | 考え直そう、常識を | 10:07 | comments(0) | - |
足病医学博士とはどんな医者?

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 この国には足病学と言う分野が存在します。 でも日本には有りませんし認められてもいません

 この国にあるPodaiatry school (足病学学校)で足病学を学んだ人はドクターの肩書を貰います。 ドクターである事はドクターであるのでそうです。

 

 でもドクターという言葉、肩書は英語です。そこで足病学ドクターの定義を検索しました。

 Doctor of Podiatric medicine, physician(内科) or suregeon(外科)とあります。

 でも日本政府が認めていない肩書なので日本語での名乗りは正しいのでしょうか? 英語を勝手に日本語に訳した物はただしいのでしょうか? 辞書によると訳は「足病学医師、足病学外科医」とあります。

 

 ここで疑問です。 日本で又日本語では認められていない肩書が日本語で書いても正しいでしょうか? 

 日本では認められていないし日本語の肩書など定義も存在もしない足病学の肩書です。 この国でドクターという英語の肩書があるからといって医師とか博士と日本語で名乗る事は正しいのでしょうか? 

 

 出来ても出来ない事であっても、問題は足病学のドクター医師とか博士と名乗ると日本人一般に誤解を招きかねない事です。

 足病学のドクターは所謂日本の医師でも博士でも無い事が理解できますね。 

 

追。医学校には足病科はありません。 足病学は医学校の一部じゃないのです。足病学は医学校に併設されてもいません。

医学校からは全くはなれた位置に存在する学校です。。

 

 

 

| ozawany | 考え直そう、常識を | 10:21 | comments(0) | - |
虐めの数には驚きました。

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昨年10月頃のニュースに虐めが3万件という発表がありました。3万件と目を見張りました。

でもう一度再生して見直したら(レコーディング)増えた数が3万件でした。 総数は年に22万件との事でした。

増えた数のほうが総数より焦点があてられていたのには驚き。そんな報道自体が異常ではないでしょうか?

本題は総数の筈です。

追:10月に書き始めた物を何度か書き直すのに時間がかかりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| ozawany | 考え直そう、常識を | 13:36 | comments(0) | - |
子どもはどうすれば良く育つ。

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 そんな事わかる筈がありません。解るなら誰の子どもがうまく育つのですから。

 で、考えましした。「子供を信じよう」と。 「それしか無い」と。 

 子供は私の子供です。 「私を信じられれば子供も信じられる」と思いました。

 

 でも、大きな問に気づきました。

「私は私を本当に信じられるのか?」とでした。 

 

 問題は子供じゃなく自分だったのです。

 

 

| ozawany | 考え直そう、常識を | 09:33 | comments(0) | - |
「歳を取った」のはみんなで、いつもでは?

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 50を過ぎてから感じ始めた事です。

 「あーあ、50だよ。年取った」なーんて。

 そこで、考えをかえた、みなおしました。「50とは歳じゃなく、数が多いと感じる事でしかない」と。

 

 視野を変えてみたのです。

 平均寿命が80プラスですから、80を基準にすると50プラスは若いじゃないか、と。 まだ、30年も若い。 

 視野の確認と同時に、視野は自分で変える事が出来る事なのです。。

 

 逸話?

 私が20代の時にゴルフから帰宅した70代の父の愚痴。「若い奴にはかなわん」。

 若いのは40代かとおもって聞きました。 父いわく「60そこそことの若造」と。

 

 よーく考えてみると「歳をとってきたのは生まれた時から」「中年になってから気づく事」つまりそれは「それまで考えてい居なかった」と言う事だけ・

 

 今までの年数をはたっと気づくのはだれも。

 でも考えを、視野をかえましょう。 

 これからの残った年数にもきづかなかたのです。 今気づきました。 

 視点をかえると今までの数よりこれからの数のほうが大事な事を。 

 

 

 

| ozawany | 考え直そう、常識を | 12:28 | comments(0) | - |
ドクターズ・リストは宣伝リスト。 いい加減で間違いか偽証(?)か?

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 またもやドクターズ・リストなる物がジャピオンにありました。 保存版とまであります。

 しかし、これは宣伝リストでしかない事を知って下さい。広告費を払った人だけがカラー写真入りで掲載されている事に気づきましょう。 

出版者は宣伝リストとは記載していませんのでご注意です。 このリスト以外にも多くの人はいるのです。

 

 

 私はこんないわゆるリストと言う物に大きな疑問を感じます。 よって私は宣伝は控えています。 

で疑問は次です。一考を。

 

1.なぜ写真載って居る: 

 日本では写真を掲載する広告は稀です。

 ではなせニューヨークの出版物(宣伝印刷物です)に医者や医者まがいの(ドクターであっても医師ではない)人間が写真を載せ  

 てるのでしょう? 

 低レベルの思考での発想と。

 貴方は写真の顔をみて医師を選びますか? そうならあまりにも軽率では? よって写真の主も軽率?

 

間違いと思われる肩書が掲載:

一般的な意味の医師(MD,メディカル・ドクター)ではないのに医師との掲載。

彼(彼女)はドクターであっても足病学校(医学校とは全く違う)を卒業した足病学(注ー1)のドクターです。

いわゆる日本で言う、日本語で言われる医師(MD)ではないのに医師との肩書が掲載されています。 足病学医師と明記しなければ誤解が起こります。

彼(彼女)の称号は「足病医療医師」又は「足病学医師」と記載するべきでしょう。 

一般に言われる医師との大きな違いを明記する義務があるでしょう。

 又、彼女には「博士」との記載があります。 ドクターは博士だとの主張です。 でも博士といえるのでしょうか?

 ドクターが博士なら歯科医師、獣医、カイロのドクター、その他の全てのドクターが博士です。 ちょっと考えて 

 見ればわかる事ですね。 この医師{?)博士(?)という人間の人格はどう考えれば良いのでしょう?

 

他にも医師と記載されている人を発見。  

この人もドクター称号をお持ちですが博士(PhD)でも医師(MD)でもなくDPMでしかありませんので、「足病学医師」と訂正するべきでしょう。

 

 これはこのぺ=パーの暴挙でしょうか?それともこの二人の偽証?

それとも本人の勘違いという最低の自己認識レベルの持ち主の「正しい認識をしていない」という理由が成り立つでしょうか?

間違っていても許される事でしょうか? もしも確信犯なら大きな問題ですね。

 

 宣伝(チラシ類)なのに新聞形式はなぜ? 

情報や記事を提供していると読者には便利と感じるでしょう。 

宣伝紙にかかわらず記事が載っているのでいいかにも情報紙であるように思えます。

情報を提供している皆様に役に立つペーパーという姿ですが、本来はチラシという宣伝が中心の発行物です。

宣伝中心の人達が記載している記事にどれほどの信憑性があるかは疑問でもあります。 もちろん日本のどんな発行物でも疑問をもてるのですが、、、、

発行者とその文章をあらてめて、見極め事の注意が必要ではないでしょうか?

お人よし、日本人だから、日本語だから、などの考えは一考に値するものではないでしょうか?

 

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注ー1: 記載には足病科とありますが、そんな科は医学校にはありません。学校が違います。

     これは足病学で足病学校とは医学校とは全く別の学校なのです。 

     そこを卒業するとDPMという称号が授けられます。

     DPMとの肩書はDoctor of Podiatoric Medicine. 足病医療医師とでも訳せますが、日本では存在しない学位です。

     Podaitory学校(足病学)は医学校とは全く離れていて全く違う存在の学校です。 カイロなどやメガネ学校などとお  

     なじ類で医学校をはまったく離れた存在ですが卒業するとドクターとの称号を与えられます。

     医学校卒業の医師(MD)とは違います。まして博士(Phd) という称号は与えられません。 

     辞書でPodiatory を引くと「水虫や魚の目の、、、、」足病治療とあります。 

     足病科という「科」は勝手に訳した言葉でしょう。医学校に「足病科」は存在しません。 ご注意を。

 

 

 

| ozawany | 考え直そう、常識を | 10:30 | comments(0) | - |
名刺は二枚ある。

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 名刺にはこの国では2つある事にきづきましたか?

1)ネーム・カード。 名前、住所、電話番号などがのっていたり、乗っていなく名前だけか名前と電話番号だけの事も多いです。

2)ビジネス・カード。 会社が発行したもので、会社の名前、電話、会社の住所、その他の仕事に必要な事が記載されています。 日本の名刺と同じような物ですが、自宅は載っていないでしょう。

 

 この国の事がこれだけでも理解できます。 個人と仕事ははっきり分かれている事が。仕事上ではビジネス・カードを、プライベートではネーム・カードをつかうのです。

 

 名刺をほしい時にはその呼び方に気を付けましょう。仕事中にネーム・カードをくださいと云っちゃつと相手はとまどってしまうでしょうし、プライぺートでビジネス・カードをくださいなんて言っちゃう事は時には失礼、または誤解を招くかもしれない事に気づいてください。

 

 

 

| ozawany | 考え直そう、常識を | 05:58 | comments(0) | - |
「にっぽんの心を理解する党」は「お笑い党」と呼ぶべきでは?

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 参議院の選挙をみながらとても多くの「党」が有る事に気づきました。いつの間にこんなに多くの「党」が出来たのでしょう? とっくに潰れた党もある事を視野に入れると、いったいいくつの党が出来たり、潰れたりしてきたのでしょう?と思いました。

 

 で、今回気づいた党ですが「日本の心を理解する党」という名前には笑ってしまいました。この人達は日本の「心」を理解する、してると言ってるのでしょうが、私には日本の心とは何か全く解らないのです。日本の心なんてあるのでしょうか?

 

 心は一人一人違うのが本当ではないでしょうか? ですから互いの意見を出してください、そうして決めましょうとうのが、民主主義というものです。 それを日本には心がすでにあるように持って行き「心を理解します」とは、本末転倒な理論でとなります。

 

 また、こんな長い名前は「言い訳を言ってる」ような名前に聞こえます。

信念や哲学があるのなら、それなりの意味を含む重い言葉を党の名前にできないのでしょうか? まるで子供か素人が考えたような名前です。 こんな野党の集まりではとっても勝てないのは当然でしょう。

| ozawany | 考え直そう、常識を | 09:18 | comments(0) | - |
ケンタッキー・フライド・チキンは日本語。
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 先日、日本人の女性から問われました。「ケンタッキー・フライド・チキン」もアメリカのものなのですか? と。

 小生は踊らいたと同時にちょっと苛立ちを感じました。
「当たり前じゃないですか! 英語じゃないですか。 ましてケンタッキーはアメリカの州ですからアメリカの物であるのは当たり前じゃないですか?」と苛立ちどころか怒り気味でまで達しました。

 しかし考えてみると私の間違いです。失礼しました。

 理屈は次です。
 それは「ケンタッキー・フライド・チキン」という名は英語じゃなく日本語として使われている事が分かったのです。
 つまり、この人のとってケンタッキー・フライド・チキンはカタカナという日本語だったのです。

 生まれと時から英語発音じゃなくカタカナ英語という日本語でして聞いていたのですね。 
 恐れ入りました。 そうですね。 カタカナは日本語で、ケンタッキー・フライド・チキンは日本語だった、日本語なのです。

 
| ozawany | 考え直そう、常識を | 07:49 | comments(0) | - |
名刺は2枚ある。
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 日本の名刺は一種類ですね。2種類あったらおかしいとも思えるかもしれません。でも、この国では2種類ある事をご存じですか?
 次です。
 1.Business Card:日本の名刺と同じ様な物。
 2.Name Card: 名前のみの場合もあります。 本当にネーム・カードです。人によっては自宅住所や自宅電話番号も記載。
 つまり、この国では名刺とは2種類あるのです。
 日本の常識ではこの国の常識は理解できませんね。 ご一考。


 
| ozawany | 考え直そう、常識を | 07:25 | comments(0) | - |
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