小澤 ニューヨーク

文化の違いから考える
「元気?」と笑顔で聞く事は。  そのー1.祖父が思い出された。 改定。

 

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 私がアメリカに留学した60年代後半には1ドル360円時代で贅沢でもありました。親戚は「わがまま、ぜいたく」とも思ったようで、まして2流の大学では賛成してくれる人は誰もいませんでした。そんな時に祖父が「お別れ会」を開いてくれました。その

祖父は渡米後には毎年会いに来てくれました。とっても威厳のある祖父でしたので私は「元気です」と答えるだけが精一杯で、その後の会話は覚えていませんでした。

 

 そんな祖父の事が思い浮かびだしたのは親を乗り越えたとも思うようになってからの40代でした。祖父の笑顔が思いだされ始めたのです。気づくと面映より祖父のまなざしが私をさすように浮かんでのです。 そしてみつめられるめざしから伝わって来たのは「元気かい?」という声でした。

 私はその後の食事中も祖父から見つめられるだけで緊張しながら答えていました。でもそんな事だけで私の頭の中がスッキリとしてその後に自分の方向も決められました。

 

 ふと気づきました。息子には「元気かい?」をで差しをむけて聞くだけで良いのだと、気づきました。

 祖父の教えは愛情だったと思えてなりません。 祖父の教えは父と全くちがっていました。

 

 

 

 

 
  

 

 

 

 

 

 

| ozawany | 愛する事 | 10:09 | comments(0) | - |
「元気?」で笑顔で聞く事は?    そのー2. 祖父と同じだったもう一人。

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  祖父の「元気?」という言葉がいつも思い出されるようになってからふと同じ言葉を投げかけてくれた人はもう一人いた事にきづきました。 それは私を30年近く支援してくくださった外国人で気づくと、かれもいつも「元気?」とだけしか聞いてこなかった事です。 祖父もモンセンさんも一切説教などしなく、「元気?」と聞いてからその後の話題は四方山の事でしたのでほとんど覚えていないのです。 覚えているのは「元気?」と聞かれた声を二人の笑顔を其のまなざしばかりなのです。

 

 私にとっては財産になっています。 いつまでも存在するから。

 

 

 

| ozawany | 愛する事 | 09:50 | comments(0) | - |
子供を愛する事とは。   そのー3. 過去の時代には。 数も大事だった。

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 戦前には子供を多く生んでいました。 祖父の時代には10人ぐらい、父親の時代にも6人ぐらいでした。

 その時代には「夭折」とか「戦死」があったのです。 医療の欠如や戦争が理由でしたので親は多くの子供を産んでいて何人かは死んでも仕方がないという考えも当たり前だったのかもしれません。 そんな事で数を産んでいたのでしょう。

 

 では、そんな時代に子供は「絶対」だったのでしょうか? 今とは違う立場だったと思われます。 そんな時代に親の愛情とはどんなものだったのでしょう? なんてかんがえました。

 

 

 

 

| ozawany | 愛する事 | 06:45 | comments(0) | - |
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